一世一代は無きが如し
  伝記によると・・・・・・
「至徳2年(1385)大徹宗令禅師は能登総持寺において後深草天皇時代、この頃関東一円に拡がる疫病の元が那須の野の殺生石ありと聞き、勅命によりその病根を絶たんとして現地に赴き厄難を払い、その帰途、三河・美濃・信濃の国境根羽に立ち寄り、この地が衆生済度教化の適地であることから一宇を建立して本山に帰りこのことを告げた。やがて応永初年に至り、誾堂禅師を遣わし、根羽の小川に一寺を建立し、
宗源寺と名づけた」という。
尚、殺生石とは栃木県那須温泉附近にある溶岩で鳥羽天皇の寵姫であった王藻御前(老狐の化身)が殺されて石と化したものだとされている。

 
開山 応永元年(1394年)
開祖 大徹宗令大和尚
             
中興開山 禮翁俊茂大和尚  を経て
以降三十一世を数え、平成十六年五月二十八日より
現 宇佐美大休住職となる
    
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